かつて筆者がTで改善に励んでいたころ、お金をかける改善案を持っていくと、「1万円でやれ」と無理な注文をつけられたものだ。
お金をかけない方法や、もっと安くできる方法など、多様な検討をさせるための注文である。
この経験はいまでも大いに役に立っている。
最近ではすぐに正解を欲しがる傾向も強い。
仕事をしていくうえでは、手段・手法はごまんとある。
状況によって、最善のものも刻々と変化する。
まずは自分自身の頭で、いくつもの手段・手法を考える。
どこかから持ってきた借り物の手段・手法で安易にその場を取り繕ってばかり考えたうえで、最善の策を選ぶ。
大切だ。
「知識と知恵は違う」という言い方をしていると、あたかも「知識は不要だ」と誤解する人もいるようだ。
知識はもちろんないよりあったほうがいいに決まっている。
O氏も、T生産方式発想のベスを聞かれ、Fの流れ作業とテラの科学的管理法を基本に、TWI(監督訓練法)など、「ありとあらゆるものを利用した」と話している。
おそらく知識レベルでは、こうした研究をした人はたくさんいる。
ところが、ほとんどの人は、知識を日本に紹介するだけに終わり、現場に活かしきるところまではいっていない。
読むだけ、学ぶだけのレベルと、「読んだことはあまり役に立たない。
やってみなくてはいけない」との聞には、決定的な違いがある。
実際にやってみれば書物のとおりに進展する例はまずありえない。
「現場を見れば、考えたことがよいことか悪いことかが判断できる。
また新しい問題となる。
仕事とはそういうものだ」。
O氏の言葉が、知識をいかにして「現場の知恵」に活かしT生産方式にまで昇華していったかをよく示している。
T氏は、「工場の申し子」とも呼ばれた。
時聞が許せば、いつでも工場を歩いていた。
「好きこそものの上手なれ」ではないが、同氏のモノづくりの原点だった。
先日は、C富士夫社長も、ラインオフ式典に先駆けて、午前八時半に元町工場を直接訪れたという。
知恵は現場からという「現地現物」はいまも生きている。
知識にも「じっとしていて入ってくる知識」と「自ら足を運んで得られる知識」の二種類がある。
さらに知識を実践の場で「やってみる」どうかで、さらにレベルに差が生じる。
ここで「知恵」を発揮すれば、本当に役に立つものとなる。
最近はじっとして入ってくるだけの米国の知識をただ日本語に置き換えただけのものが目につく。
本来知識が生まれた背景には、その国の文化や経済、国民性がある。
当然日本とは違う。
それを直輸入するものだからおかしな話になる。
T氏が昭和11年に発表した『T自動車が今日に至るまで」には、自動車工業を確立するにあたり、外国人を雇うと米国式の大量生産方式の直輸入になり、日本の国情に合わないとして、日本人の器用さを活かした「日本独特の方法を講じる必要がある」という一文がある。
T氏の「日本人の絶対の力のみをもって一大発明を遂げる」に通じる、人間の知恵を活かして日本式の製造方法を模索しようという強い意志がみなぎっている。
O氏が大きな示唆を受ける「ジャスト・イン・タイム」も、T氏の発想から生まれた。
そこには知識の直輸入という考えはみじんもない。
知識には食欲だが、知恵をフルに使ってオリジナルの生産方式をつくる気概に溢れている。
知識や情報はあってもかまわないが、とらわれすぎると却って邪魔になる。
せっかくの知恵が出る隙聞を狭くするだけだ。
T生産方式についても、知識として身につけるのは簡単だ。
ところが、いざ実践しようとすると数々の問題が生じてくる。
知識だけの人はたいていここで嫌になってしまう。
もらった知識を1つひとつ自らの力で1から実行していった人だけが、本当のT生産方式をものにする。
れば、外国の知識を持ってくるなどいとも簡単だ。
にもかかわらず、ただの紹介に終わってしまい、日本に根づかせるには至っていない。
日本という風土・文化のなかで、日本人の知恵を活かしながら、試行錯誤を重ねる努力が決定的に欠けている。
日本独特のオリジナルなものを生み出そうという気概が求められているのではあるまいか。
日本はこれまでに経験したことのない時代を迎えている。
外国にテキストを求めようとしても、物真似では決して国際競争力を手にはできないし、日本の国情にも合わない。
そもそもいまという時代を生き抜くテキストはどこにもない。
自らの知恵を振り絞って、何をすべきかを考え、ない。
T生産方式と1般的な生産方式を比較すれば、いまでも日本の9O%以上の会社は1般的な生産方式を採用している。
T生産方式を試みる会社が増えつつあるとはいえ、まだ全面的な展開ができるところまでいかない会社も多い。
T生産方式を導入はしてみたものの、効果が長続きせず、いつのまにかもとの生産方式に戻ってしまう会社も少なくない。
導入や定着がむずかしいのには、理由がある。
1般的な生産方式からT生産方式に変えていくには、「ものの見方・考え方」宇二8O度変え-なければいけないからだ。
「まとめでつくれば安くつく」で育った人にとって、「お客様の必要なものを、必要なだけ、必要なときにつくればいい」「必要なものだけをつくって、あとは機械を止めて、つくらないでおくのが1番いい」というのは、なかなか理解できない。
いくら「売れないモノを売れると思ってつくるところに、ムダが発生する最たる原因がある」といっても、言葉ではわかっても、現実には実践できない。
特に現場に入らないで、机上の計算ばかりをしている人にはむずかしい。
現場で働いている人にとっても、T生産方式を導入すると、仕事のやり方は大きく変わる。
単能工から多能工への転換を求められ、それまで1種類しか流れてこなかったラインに、種類や仕様の違うものが次々と流れてくる。
作業のやり方を決めた標準作業はあるものの、よりよいやり方を求めて、標準作業を自分の力で書き換えていく作業も求められる。
問題が起きれば、自分の判断でラインを停止する。
従来は「いわれたとおり、命じられたとおり」の仕事を黙々とこなしてきた人にとって、トヨタ生産方式の要求するものはあまりにも多い。
「とてもついていけない」とそっぽを向く人もいれば、信頼に応えようと大いにやりがいを感じる人もいる。
現場の監督管理者には、一緒になって仕事をするのではなく、部下がやっている仕事の確実な知恵を絞り、改善を日常化し、多能工の育成が求められる。
これらは、ごく1部の例にすぎない。
T生産方式を実践しようと思えば、上から下まで、すべての人が「ものの見方・考え方」を変え、「仕事の進め方」を変えていかねばならない。
T生産方式は、ごく当たり前の考え方のうえに成立している。
「市場を中心とした考え方」に立ち、「徹底したムダの排除」を行なって、「よい考えで、よい品を、しかも安くつくる」という当たり前の話を実践しているにすぎない。
HT福の神Hと呼ばれたI氏(第3代社長、1888〜1979)によれば「『よい品、よい考」にもとづいて、あたりまえのことを排してどこまでもやり遂げる」(I著「S』)となる。
人についても同様だ。
設備に依存して人を切り捨て、安易に海外に生産拠点を移すやり方に対し、T生産方式はあくまでも人を中心に、人の知恵を活かして進めていこうとしている。
違いは明らかだ。
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